東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)20号 判決 1972年2月29日
原告 太田製薬株式会社
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和四五年一一月二四日、同庁昭和四三年審判第七一八一号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。
第二請求の原因
原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり陳述した。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和三七年一一月一〇日、別紙第一記載の商標について、商標法施行令第一条別表第一類薬剤を指定商品として商標登録出願をし、昭和四〇年四月一二日出願公告されたが、同年五月二六日株式会社太田胃散から登録異議の申立があり、昭和四三年七月二五日拒絶査定を受けたので、同年一〇月五日審判の請求をし、同年審判第七一八一号事件として審理されたところ、昭和四五年一一月二四日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は昭和四六年二月一二日原告に送達された。
二 審決の理由の要旨
本願商標は、エルレンマイヤーフラスコをあらわした太線の輪郭内にゴシツク体で「OHTA」の欧文字を横書きしてなるものであつて、その構成上、「エルレンマイヤーフラスコオータ」または「オータエルレンマイヤーフラスコ」等の称呼が生ずるのであるが、これらの称呼は極めて長く、また、右輪郭内における「OHTA」の文字は極めて顕著にあらわされているので、簡易迅速を尊ぶ取引社会においては、右「OHTA」の文字が自他商品の識別標識としての機能を営む部分として認識され、右文字部分から生ずる「オータ」の称呼によつて取引される場合が多いものとするのが相当であり、したがつて、本願商標からは「オータ」の称呼をも生ずるものといわなければならない。
一方、別紙第二記載の登録商標(以下「引用商標」という)は、その構成上、「オータイサン」の称呼が生ずるものであるが、引用商標中の「ISAN」の文字は「胃腸病散薬」を略称する語として薬剤に関する業界においてふつうに使用されている「胃散」の字音をローマ字で書したものと容易に理解されるところであるから、この「ISAN」の文字は、単に商品の普通名称をあらわすにすぎず、したがつて、自他商品識別機能を有しない部分として認識されるものであつて、引用商標中自他商品識別の機能を営むのは「OHTA」の文字部分であり、「OHTA」と「ISAN」とを不可分一体の語とすべき特別の事情は存しないから、引用商標は、「OHTA」印の胃散として認識され、「OHTA」の文字部分から「オータ」の称呼をも生ずるものとするのが取引上相当である。
したがつて、本願商標と引用商標とは、同一の称呼を生ずることがあるものであり、かつ、それぞれの指定商品が互いに牴触することは明らかであるから、本願商標は商標法第四条第一項第一号の規定に該当するものとして、その登録を拒絶すべきものである。
三 本件審決を取り消すべき事由
本件審決は、本願商標および引用商標の各称呼の認定を誤り、したがつて、本願商標が称呼の点において引用商標に類似のものであると誤認した違法がある。すなわち、
(一) 本願商標は、エルレンマイヤーフラスコすなわち三角フラスコをあらわした太線の輪郭内にゴシツク体で「OHTA」の欧文字を横書きしてなるものであるから、取引に際し右「OHTA」の文字が独立して自他商品は識別標識としての機能を果たすものとはいいがたく、取引者、需要者は必ず右「OHTA」の文字とエルレンマイヤーフラスコすなわち三角フラスコの輪郭とを不可分一体に給合して認識するものというべく、したがつて、本願商標から生ずべき称呼は、「エルレンマイヤーフラスコオータ」、「オータエルレンマイヤーフラスコ」、「サンカクフラスコオータ」および「オータサンカクフラスコ」であつて、本願商標を付した商品が単に「オータ」印として称呼され取引されることはない。本件審決は、本願商標から単に「オータ」の称呼をも生ずるとした点において、本願商標の称呼を誤認したものである。
(二) 引用商標は、「太田胃散」と一連に縦書きしてなる登録第一一、六三二号商標、「太田胃散」の文字を一連に縦書きし、これに人の頭部の下に胃及び腸の図形を連続した図形を並べてあらわした登録第二四、六六〇号商標、「太田胃散」の文字を一連に縦書きし、他に附記図形をあらわした登録第三一、三一二号商標、「オータイサン」の文字を一連に縦書きしてなる登録第四八、四七八号商標および「をほたゐさん」の文字を一連に縦書きしてなる登録第四八、四七九号商標の連合商標として登録されたものであり、これらの登録商標からは、いずれも「オータイサン」の称呼が生ずる。そして、これらと連合商標として登録された引用商標についても、取引に際しては、やはり一連に「オータイサン」と称呼されるべきものであることは、明白である。取引者、需要者が引用商標を付した商品の取引に当り、単に「オータ」印胃散として取引することは考えられない。本件審決は、引用商標中「OHTA」の文字部分から「オータ」の称呼を生ずるものと認定したが、右「OHTA」は、普通ありふれた氏姓をローマ字であらわしたにすぎないもので、自他商品の識別機能を営みえないものであり、引用商標は「OHTA ISAN」の文字を不可分一体のものと解してはじめて自他商品識別の機能を果たすものというべく、この点においても、引用商標を不可分一体に取扱い、「オータイサン」と一連にのみ称呼すべき特別の事情が存するものといわねばならない。本件審決は、引用商標の称呼をも誤認したものというべきである。
(三) 以上のとおり、本願商標と引用商標とは称呼上類似するところがないのに、本件審決は各商標の称呼の認定を誤り、その結果、称呼において類似のものと判断を誤つたものであつて違法である。
第三被告の答弁
被告指定代理人は、答弁として、次のとおり陳述した。
原告主張の請求原因事実中、本件に関する特許庁における手続の経緯、本願商標および引用商標の各構成および指定商品並びに本件審決理由の要旨がいずれも原告主張のとおりであること、また、本願商標の輪郭をなすフラスコが一般にエルレンマイヤーフラスコと呼ばれるものでることは、認めるが、本件審決を違法とする事由は争う。本件審決の認定判断は正当である。
第四証拠関係<省略>
理由
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願商標および引用商標の各構成および指定商品並びに本件審決理由の要旨が、いずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
二 原告は、本願商標および引用商標からは共に「オータ」の称呼が生ずる旨の本件審決の認定は誤りである旨主張するが、右主張は理由のないものといわざるをえない。これを分説すれば、次のとおりである。
(一) 本願商標の輪郭をなす三角形フラスコが通常エルレンマイヤーフラスコと呼ばれるものであることは、当事者間に争いがなく、右輪郭内の「OHTA」の英文字から「オータ」の称呼が生ずることは明らかである。そして、本願商標の全体からは、「エルレンマイヤーフラスコオータ」、「オータエルレンマイヤーフラスコ」または「サンカクフラスコオータ」「オータサンカクフラスコ」の各称呼が生ずべきことも明らかであるが、本願商標の外観的構成上、右エルレンマイヤーフラスコの図形内にあらわした「OHTA」の英文字が顕著な印象を与えるものであることも、否定しえないところであるから、簡易迅速を尊ぶ取引の実際においては、右「OHTA」の文字部分に着目して、この部分が自他商品識別の機能を果たすべき部分として認識されることもありうるものといわなければならない。したがつて、本願商標については、右「OHTA」の文字部分から生ずる「オータ」の称呼をもつて呼称されることもあるものと解するのが、吾人の経験則に照らし相当というべきである。本願商標について、この認定をくつがえし、エルレンマイヤーフラスコの輪郭と「OHTA」の文字部分とが、取引上不可分一体のものとしてのみ認識されるべきことを肯認するに足る証拠がない。したがつて、本願商標の称呼は右輪郭と文字部分の結合した全体からのみ生ずべき旨の原告の主張は、理由がない、といわざるをえない。
(二) 次に、引用商標から「オータイサン」の称呼が生ずることは、その構成に照らし明らかであるが、その指定商品は散薬であることは当事者間に争いがないから、「OHTA ISAN」中の「ISAN」の文字は、薬剤関係の取引業界において胃腸用散薬として一般に使用されていることが公知である「胃散」の字音をローマ字であらわしたものであることが容易に理解されるところである。したがつて、引用商標中右「ISAN」の部分は単に商品の普通名称を表示するにすぎないもので、自他商品識別機能を有せず、これを有するのは前半の「OHTA」の部分であるといわなければならない。この点について、原告は、「OHTA」は単にありふれた氏である「太田」をローマ字であらわしたにすぎないものであるから、引用商標中この部分もまた自他商品識別機能を有せず、したがつて、引用商標は「OHTA ISAN」の全部を不可分一体のものとみてはじめて自他商品識別機能を有するにいたる旨主張する。しかし、「OHTA」の文字が、直ちに、氏としての「太田」をローマ字であらわしたものとは断定しえないのみならず、それがありふれた氏としての「太田」に通ずるところがあるとしても、指定商品である散薬の商標としてみるとき、「ISAN」の部分が商品の普通名称とみられることが前述のとおりである以上、「OHTA ISAN」という商標の自他商品識別機能を有すべき部分は、やはり「OHTA」の部分であるといわざるをえないから、原告の右主張は採用することができない。したがつて、引用商標についても、右「OHTA」の部分から、「オータ」の称呼を生ずることもあるものというべきである。原告の提出援用にかかる甲第四号証の一ないし三四および甲第五号証の一ないし四は、薬品取引業者のうちの一部の者の作成にかかる証明書であつて、まだ叙上の認定を動かすに足る十分な資料とはなしがたく、他に右認定を左右する確証はない。
なお、原告は、引用商標はその主張のような各登録商標の連合商標として登録されたものであり、これら連合関係にある登録商標からはいずれも「オータイサン」の称呼が生ずるものであるから、引用商標についてもやはり一連に「オータイサン」と称呼されるべきである旨主張するが、商標の称呼はそれ自体独自に定められるべきものであつて、連合関係ある商標の称呼に左右されるべきものではないから、原告の右主張も失当である。
(三) 右のとおり、本願商標も引用商標も共に「オータ」の称呼を生ずべく、称呼において類似するものであつて、それぞれの指定商品が牴触することも明らかであるから、本願商標は、商標法第四条第一項第一一号の規定により、その登録を拒絶すべきものである。
三 以上のとおり、本件審決に原告主張のような違法は存しないから、その取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 服部高顕 石沢健 奈良次郎)
別紙第一(本願商標)
構成
指定商品
第一類 薬剤
別紙第二(引用商標)
構成
出願 明治四四年八月七日
登録 同年一〇月一三日、第四八四七七号
更新 昭和六年三月六日
更新 昭和二六年一月一一日
指定商品
旧第一類 散薬